開発ストーリー
元プロロードレーサー辻氏とのコラボで生まれた13万円レースバイクに込められた想いを語る
本物志向の入門ロードバイクを市場価格の半値程度で提供するという無謀とも言えるプロジェクト。性能に妥協なく進めるには、単にコンポーネントの見直しだけでなく設計思想から立ち返る覚悟が必要だった。理論値の積み上げに邁進するも、実は偶然の産物で生まれた仕様こそが理想のモデルだったという誕生秘話も交えた開発プロジェクトについて、二人のキーパーソンに伺ってみた。
元プロロードレース選手 。マトリックスパワータグ、宇都宮ブリッツェン、TeamUKYOなどで活躍したスプリンター。ファンからは親しみを込めてZENKO(ゼンコー)と呼ばれている。
ダイワサイクル入社前からロードバイクに傾倒し、自分で実業団チームを率いてレースに参戦していた経歴を持つ。現DAIWA CYCLE(株)商品・マーケティング本部長。
ARTMA RYLASのプロジェクト開始には入門ロードバイクにおける市場環境の変化も大きかったのでしょうか?
辻 :コロナ禍からの供給不安定化と円安が相まって自転車価格が高騰してしまい、レーシングバイクはエントリーでも25万円以上します。世間一般の感覚として、おいそれと始められる趣味ではなくなっているように感じます。
金子:どれだけ乗るかわからないのに、それだけの金額をポンと出せる人は限られてますよね。
辻 :最近、レース人口が減っていると言われていますが、その原因の一つは価格の高騰だと思います。やっぱり、初心者が増えて裾野が広がらないと業界全体が盛り上がらないんですよね。
金子:ダイワサイクルは幅広くスポーツバイクを展開しており、初めてという方も多く来店されます。そういう方に本当に良いスポーツバイクを提供したかったんですが、 我々だけでは、本当に良い、本物のスポーツバイクは作れない。そのため、本物を知っている本物のアスリートに評価していただきたいと思って、辻さんにお声がけをしました。
辻 :私をサポートしていただいているブランドとの関係もあり、形になるかは難しい部分もあったんですが、初心者を獲得していくプロジェクトの趣旨を説明して理解を得ることができました。
本物志向のロードバイクを設計するにあたりこだわったポイントを伺いたいと思います。
「ハンドル位置の考え方を教えていただけますか?」
辻 :エントリーグレードのロードバイクはヘッドチューブが長くて、乗り慣れて楽しくなってきた頃にハンドルを下げられなくて困っている方を何人も見てきました。 だから、ハンドルを下げられるかどうかには真っ先にこだわりました。
金子:当社内では、初めての人はハンドルを下げるのに不安があるため、 長距離を楽に安定して走るため起き上がる姿勢となるエンデュランスモデルの方が売りやすいという意見もありました。
辻 :ただ、ロードバイクは速く走るためのものなので、エンデュランスモデルであってもハンドルは低いほうが力をかけやすくて良いと思っています。ハンドルが高いほうが、お尻に荷重がかかって痛くなるし、腰にも負担がかかる場合もあります。私がハンドルを低くフィッティングして、低くてしんどいという意見は伺ったことがないです。
「初めての人でもハンドル位置を低くしたほうが良い、ということですね。とはいえ、初めから低いのは怖いという人もいるんじゃないですか?」
金子:最初はコラムスペーサーが35mm入っているので、怖がらずに乗ってもらえると思います。慣れたら徐々に下げていってもらえれば良いと思います。
「初めての人向けてこだわった部分はどんなところがありますか?」
辻 :登りの苦手な方がハンドルをフラフラさせながら登っている様子はよく見るので、走りを安定させるために、長めのステムを付けられるようにしたいとお願いしました。
「安定化のためにどんな工夫をしたんですか?」
金子:フレームのリーチを短くできるようにしました。本当は、ハンドルを大きく切った時に前輪がつま先に当たらないようにリーチは長めにしようと思っていたんですが、逆に短くしないといけなくなりました(笑)。そのために、ヘッドチューブを寝かせてフォークオフセットを大きく取るように調整しました。
製品サンプルへの試乗を繰り返し、最適なハンドリングを追求した
「ハンドリングが一番苦労したと伺いましたが具体的に教えていただきますか?」
金子:ハンドリングは本当に奥が深くて調整に苦労しました。最初はそこに個性を持たせるつもりはなくて、トレール量はスタンダードな60mmにしていました。
辻 :凄く進むしハンドルも軽い。持つと重たいのにめちゃくちゃ軽く走るバイクになりましたね。私の周りでも、すごく評判が良かったです。
金子:そのハンドリングを生かさない手はないと思いって、ヘッド周りの設計を変えずに余計な部分を無くしてフレームを軽くしました。これで完成だと期待して辻さんに乗っていただいたんですが、、、
辻 :ありふれた、普通のバイクになっていました。良さが消えて、どこにでもあるバイクになっていました。
「偶然の設計修正が理想的なハンドリングを生んだと伺いましたが本当ですか?」
金子:同じく軽くて進むハンドリングになるはずだったので、予想外の結果でした。原因も分からず頭を抱えたんですが、こういう時こそ基本に立ち戻ろうと思ってサンプルフレームを徹底的に実測しました。その結果、実は最初のサンプルが設計図通りにできていないことが分かりました。細かい修正を重ねているうちに産まれた別の図面をもとに最初の神サンプルが作られていたんでしたね。
金子:まさに神サンプル。この偶然がなかったら、今のハンドリングはなかったです。最終的にはヘッドを寝かせて、トレール量は大きめの64mmになったんですが、乗った印象はいかがですか?
辻 :まっすぐ走りやすいし曲がりやすいしで、ずっと楽しく乗れます。初心者にも、乗り慣れた方にも満足してもらえるんじゃないでしょうか。
金子:フォークオフセットが大きいのでこのような乗り味になったのかもしれませんね。
トレール量60㎜で設計したサンプル
ヘッドチューブが立っている
トレール量64㎜の最終サンプル
ヘッドチューブが寝ている
最後にARTMA RYLASをこんな形で楽しんでいただきたいなどあればお聞かせ下さい。
辻 :自分のポジション探しをしてもらいたいですね。最近はミドルグレードでもステム一体型ハンドルやヘッドチューブへの内装も増えてきましたが、ポジションを出しにくいんです。このバイクなら5分もかからないようなハンドル高さの変更に、ホースのカットが必要で工賃が数万円かかる、ということもあります。まずは、ステム長、ハンドル幅、ハンドルの角度などを色々変えて、変化を楽しんで欲しいです。
金子:一般的な規格を使ったバイクなので、いろいろなパーツで好きなように変えて欲しいです。レース仕様にするもよし、通勤・通学から日常の脚としてガンガン乗るも良し。とにかくたくさん乗ってもらいたいです。
辻 :タイヤも34Cまで入るので、安定感や振動吸収性を上げるために太いタイヤにするのも良いでしょう。懐が深い仕様になっているので、自分だけのロードバイクに仕上げていって欲しいです。
金子:ARTMA RYLASをきっかけに、ロードバイク沼にハマってくれたら嬉しいですね。
辻 : 私はやっぱりレースで使って欲しいので、レース会場で見れたら応援します(笑)。ARTMA RYLASのワンメイクレースをやりたいなって構想までしてますよ。
28Cのタイヤを履いていても、まだクリアランスには余裕がある